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大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号 判決

原告 大橋保久

被告 堺労働基準監督署長

訴訟代理人 上林淳 玉井博篤 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立および主張

別紙記載のとおり。

第二証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  (機能障害について)

1(一)  まず、右足関節の機能障害の程度につき検討するに、障害等級表によると、一下肢の三大関節中の一関節の機能障害については、第八級の七、第一〇級の一〇、第一二級の七があるが、足関節が下肢の三大関節のうちの一であり、足関節とは広義には距腿関節と距骨下関節を併称し、狭義には前者のみを指称することは当事者間に争いがない。

しかして、原告は右の三大関節としての足関節は広義に解すべきものと主張し、被告は障害等級認定上狭義に用いる例である旨主張するところ、〈証拠省略〉によれば、通常足関節は狭義で用いられていること、距腿関節の主要運動は屈伸(背屈、底屈ともいう)で内外反は極くわずかであること、距骨下関節は距踵関節と距舟状関節とからなり、その主要運動は距踵関節によつてなされる内外反であること、日常生活上は屈伸運動が重要であり、内外反運動は副次的であること、なお、行政解釈上、足関節の機能障害の等級認定は屈伸運動の運動可能領域の測定をもつてなされていることが認められ、これによると距腿関節と距骨下関節とは部位も機能も異なるうえ、そのようなものを総合して等級を認定することも容易でないから右の足関節は狭義に解し、距骨下関節はこれとは別個のものとして考察するのが相当である。

(二)  本件屈伸運動制限の障害の程度が第一二級の七に該当することは当事者間に争いがない。

従つて、被告の右足関節の機能障害の認定は相当であり、違法はない。

2(一)  ところで、足関節を狭義のものと解すれば、距骨下関節は障害等級表の類型に該当しないことになるが、その主要運動である内外反は前認定のとおり屈伸運動に比し副次的なものであるにせよ、経験則上、日常生活に影響がないとはいえないから、一般的な労働能力の喪失ないし減少の補償を目的とする災害補償制度の趣旨に照らすと、これを補償の対象外とすべきではなく、規則一四条四項に則り、障害等級表に準じて補償するのが相当であるところ、距骨下関節の主要運動である内外反が日常生活面で果す機能を下肢の三大関節、特に狭義の足関節の主要運動と比較すれば、後者の圧倒的に重要なことは前認定事実および経験則上から明らかであるから、距骨下関節の用廃の場合を下肢の三大関節の機能障害の最低等級にあたる第一二級の七に準じて第一二級とするのが相当であり、以下障害の程度に応じ、〈証拠省略〉によつて認められる行政解釈上の三大関節の障害等級認定の方法に照らし距骨下関節の主要運動である内外反の運動可能領域の測定によつて、等級を認定するのが相当である。

(二)  しかして、前認定のとおり、原告の右距骨下関節に内外反運動制限の機能障害のあることは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によると、原告の内外反の運動領域は、内反につき、患側(右)一〇度、健側(左)四〇度、外反につき、患側マイナス五度、健側一〇度で可動域は健側五〇度に対し患側五度であることが認められ、これによると原告の右距骨下関節の運動機能は生理的運動領域の一〇分の一に制限されており、その障害の程度は相当高度であるが、未だ用廃(〈証拠省略〉によれば、行政解釈上、関節の完全硬直又はこれに近いものをいう)というに至らないから前記用廃の場合の第一二級より下位の第一三級に準ずる障害と認めるのが相当である。

(三)  ところで、〈証拠省略〉を総合すると、一般に内外反運動の制約は距踵関節に何らかの異常があるか、又は右関節自体に異常がなくてもその周囲の軟部組織等に何らかの異常がある場合に生ずるところ、原告の場合、右機能障害の原因の大部分は踵骨々折に基づく距踵関節の周囲軟部組織の損傷および右骨折等の長期間の療養のためのギブス固定による筋等の拘縮によるものであること、他方、原告には右足関節(広義)に自発痛、運動痛、荷重による熱感の神経症状が存するが、これは、受傷部位である踵骨々折部の圧痛と、右距踵関節の運動機能がその周囲の軟部組織の損傷および筋等の拘縮によつて制限されているため、歩行等の体重加重時等に右関節が動くために生ずる疼痛によるものであり、この神経症状はかなり頑固に続くもので、右機能障害がその大きな要因となつていること、なお、距踵関節を固定してしまえば内外反運動もできなくなるが、逆にそのために右運動に起因する疼痛は生じないこと、そのためこの疼痛の劇しい時には距踵関節を固定し、その運動機能を用廃にすることにより疼痛を除去する治療方法が用いられることのあることが認められる。

右認定事実によれば、距踵関節の機能障害とそこに発生する疼痛等の神経症状とは因と果の関係、即ち前者に後者が通常派生する関係(相関々係)にあることが認められ(この点は当事者間に争いがない)、このような場合、〈証拠省略〉によれば、行政解釈上附随的身体障害は主たる身体障害(重い方の身体障害)に吸収され、主たる身体障害のみが残存するものとして評価する取扱いであるが、右取扱の一般的当否はさて措き、少なくとも右のような関係にある本件の場合に右取扱をなすことは災害補償制度の趣旨からみて合理的と認められる。そうすると、後記認定のとおり、右距踵関節の障害に伴なつて生ずる神経障害は第一二級の一二に該当するものであるから、前認定の第一三級と評価すべき距骨下関節の機能障害はこれに吸収され、神経障害として評価するのが相当である。(仮に右吸収関係の取扱をしないとしても、原告の障害は、前認定のとおり屈伸運動の制限につき一二級、内外反運動の制限につき一三級、後記認定のとおり神経障害につき一二級であることからすると、規則一四条二項、同条三項一号により一一級となり、被告の認定等級とは結果において変りはないこととなる。)

三  (神経障害について)

障害等級表によると、疼痛感覚異常に関する神経障害については、第七級の四、第九級の一四、第一二級の一二、第一四級の九の四段階があり、〈証拠省略〉によれば、その認定は行政解釈上次の基準により取り扱われている。

(一)  脳神経又は脊髄神経の外傷その他の原因による神経痛

(1)  軽易な労働以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの

(2)  一般的な労働能力は残存しているが、疼痛のため時には労働に従事することができなくなる場合があるため、就労可能な職種の範囲に相当程度の制約をうけるもの 九級

(3)  労働には通常差し支えないが、時々労働に差し支える程度の疼痛が在るもの 一二級

(二)  カウザルギー(外傷後疼痛の特別な型として、四肢又はその他の神経の不完全損傷によつて生ずる灼熱痛といわれるもので、血管運動性症状、発汗の異常、軟部組織の栄養状態の異常、骨の変化等を随伴する強度の疼痛)(一)と同様な基準により七級、九級、一二級

(三)  受傷部位の疼痛(神経幹の損傷はないが、外傷部位にカウザルギーと同様の、しかし軽度な疼痛のあるもの)

(1)  労働には通常差し支えないが、時々強度の疼痛のため労働にある程度差し支える場合があるもの 一二級

(2)  労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの 一四級

ところで、原告には、右足関節(広義)に受傷部位(踵骨)の圧痛および距骨下関節の機能障害等に起因する疼痛があり、これらが本件神経症状となつており、且つ相当頑固に続くものであることは前認定のとおりであり、〈証拠省略〉によると、本件神経症状のため原告の従事する労務は坐位による作業を中心とするものに制約されていることが認められる。

なお、〈証拠省略〉中には「坐位の軽易な労務はできる」旨の記載があるが、これは〈証拠省略〉からも明らかな如く、本件治療中原告が右足をかばい左足に負担をかけたことに起因して生じた一時的なものであり、右認定に反しない。

右認定事実によれば、右の労務制約の程度の評価に拘らず、本件神経症状は右認定基準の(三)(1)にあたり、第一二級の一二に該当すると認めるのが相当であるから、この点に関する被告の認定に違法はない。

原告は、単に受傷部位の疼痛等の神経症状であつても、そのために服することのできる労務の程度が著るしく制限されている場合には労務制約の面から規則一四条四項に基づき右の第七級の四又は第九級の一四あるいはこれ以外でも第一二級より上位の等級に準ずべき旨主張するが、原告の本件神経症状の大きな要因はこれと相関々係にある距踵関節の機能障害に起因し、両者は右関節が固定され用廃状態になれば、これに起因する疼痛も消失する関係にあり、且つ右関節の用廃を障害等級上第一二級に準ずるのか相当であること前認定のとおりであるから、本件神経症状が距踵関節の用廃の場合より上位の等級になるとすることは、前記災害補償制度の趣旨からみて、用廃の場合と均衡を失することになり妥当でないから、いずれにせよ、本件神経症状を第一二級以上に評価することは相当でない。

四  (結論)

以上によれば、本件機能障害および神経障害に対する被告の認定に違法はなく、従つて、規則一四条三項一号により両者総合のうえ、障害等級を一級繰り上げて第一一級と認定するのが相当であるから、これに基づきなした被告の本件処分に違法はないというべく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 東修三 田中亮一)

別紙〈省略〉

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